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[374]なぜ日本の教育は間違うのか ~復興のための教育学~ (扶桑社新書)

2012-03-31 (sat)|カテゴリー:

帯に

「フィンランド幻想を打ち破り「大阪維新の会」の意義を説く!」

と,あったので,維新の会の中の人かと思いましたら,そうでは無いようで東京都庁の方なんですね.

 

僕は一読の価値があると思う.

 

例えば,ゆとり教育の問題と歴史的経緯など↓にもあったわけですが

0072 ゆとり教育から個性浪費社会へ

(↑5年前の記事なので書評に自信ない)

 

よりフランクで,より攻撃的であるように思う.

各国の教育制度を比較しながら,日本が多国の猿真似をしてもアカンと明確に言っている.

共産主義者の教育現場への悪影響を断固として記述して,

どのように向かうべきかを記述している.

 

また,日本教育会に吹き荒れるフィンランド教育への憧憬,幻想を指摘して,

実際にはかなり日本で吹聴されているものと異なると指摘する.

 

僕がクエスチョンマークをお送りしたく思ったのは,後半のルソーの引用から

宗教と教育の関係について議論した点であるわけだが,そこは,まぁ,

本書の中心軸からみれば,枝の部分であり,本質的な問題にはならない.

 

やはり,教育の中には「がんばったら,わーい ってなる.」構造が必ず必要であり

それが競争原理にほかならない.なぜなら,学習とは過去の自分との競争であり,

過去の自分という他者との競争を既に内包しているからだ.

それを無視した教育は,人をスポイルして,その可能性を潰すしか無い.

 

さて,現在,大学にいる学生の多くは「ゆとり世代」であり,

だから,どうというか,それを前提とした上で,しっかり,挑戦と危機を

乗り越えて行っていただかないといけないな,と思ったりするわけです.

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