[374]なぜ日本の教育は間違うのか ~復興のための教育学~ (扶桑社新書)
帯に
「フィンランド幻想を打ち破り「大阪維新の会」の意義を説く!」
と,あったので,維新の会の中の人かと思いましたら,そうでは無いようで東京都庁の方なんですね.
僕は一読の価値があると思う.
例えば,ゆとり教育の問題と歴史的経緯など↓にもあったわけですが
0072 ゆとり教育から個性浪費社会へ
(↑5年前の記事なので書評に自信ない)
よりフランクで,より攻撃的であるように思う.
各国の教育制度を比較しながら,日本が多国の猿真似をしてもアカンと明確に言っている.
共産主義者の教育現場への悪影響を断固として記述して,
どのように向かうべきかを記述している.
また,日本教育会に吹き荒れるフィンランド教育への憧憬,幻想を指摘して,
実際にはかなり日本で吹聴されているものと異なると指摘する.
僕がクエスチョンマークをお送りしたく思ったのは,後半のルソーの引用から
宗教と教育の関係について議論した点であるわけだが,そこは,まぁ,
本書の中心軸からみれば,枝の部分であり,本質的な問題にはならない.
やはり,教育の中には「がんばったら,わーい ってなる.」構造が必ず必要であり
それが競争原理にほかならない.なぜなら,学習とは過去の自分との競争であり,
過去の自分という他者との競争を既に内包しているからだ.
それを無視した教育は,人をスポイルして,その可能性を潰すしか無い.
さて,現在,大学にいる学生の多くは「ゆとり世代」であり,
だから,どうというか,それを前提とした上で,しっかり,挑戦と危機を
乗り越えて行っていただかないといけないな,と思ったりするわけです.