203 方法序説
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デカルトとスピノザの「宇宙」と「神」について
読みにくい古ぼけた・・・
コギト・エルゴ・スム?
我思う故に我在り
精神宇宙
デカルトっすよデカルト!
近代科学の礎を築いたとして,持ち上げられもすれば
近代科学に問題点があれば「デカルト的だ」とかいって
悪役にもされちゃう デカルト.
我思う故に我あり
といって,自己の存在をある種自己言及性の中に求め
「単純すぎだろ」
と批判も浴びるデカルト
神の存在証明 とかして,
「ぜんぜん証明になってないじゃん」と現代の大学低回生に突っ込まれるデカルト
ロボットの世界じゃ,心身二元論を唱えた人間の代表としてしばかれるデカルト
で,よくかんがえたら,わしデカルトの「生」の言葉を聞いていなかったと反省して
方法序説を買ってみた.
http://ja.wikipedia.org/wiki/ルネ・デカルト
ウィキペディア准教授もおっしゃるように
方法序説で
- 明証的に真であると認めたもの以外、決して受け入れない事。(明証)
- 考える問題を出来るだけ小さい部分にわける事。(分析)
- 最も単純なものから始めて複雑なものに達する事。(総合)
- 何も見落とさなかったか、全てを見直す事。(枚挙 / 吟味)
という4つの規則を定めた.
ちなみに 後の二字熟語はデカルトが書いたもんじゃないということを,今回初めて知った.
この2が特にシステム論では「要素還元主義」の大本としてシバカレる対象となるのだが.
正直,なんかちょっとちがった.
デカルトの時代は,まだ,「多項式」すらまともに存在しなかった.
デカルトの偉業は「座標系」を導入したことにある.
また,面積だろうが,長さだろうが,同じ「数」の上に落とし込んだというのが,デカルトのすごいところだ.
「面積は面積だろ.なんで数=長さになるんだよ」
というツッコミがあり得た事が今の私たちに想像できるだろうか?
・・・してください.
そんな時代なのだ.
そして,食うに困らない哲学者が理性だの思索だので形而上学を展開している時代なのだ.
デカルトの主張は明快だ.
ようは「まともに論理をやれ!」って事だ.
結局 いわゆる古典論理の上で,おかしいものはおかしい.
これは揺るがない.
たしかに実世界では難しいかもしれないが,数学を展開する上では譲れない一線だ.
確かに,要素に不確実性があれば,確かな(明証的)なエレメントから論理を作って行くことができない.
でも,そんなこと言うのは,もう少し先の話だ.
ピアジェは科学哲学,科学理論の系統発生をとらえ,それを個体発生へと写像することで個人の認知発達を捉えようとした.
つまり,系統発生と個体発生の 反復説の 「思考」版だ.
このセンスもすごいと思うが,
これを逆転させると 科学哲学の系統発生は 個体発生を繰り返すのだ.
と,いうことはアレだ.
デカルトって過去の偉人なのだが,
よく考えると,中坊レベルなのだ(オイオイ・・・)
それは言い過ぎでも,
どっかで
「子どもだねー」
と思ってしまう自分がいる.
そういうもんですね.
あとやっぱりおもしろいのは,言語的認識が分化(differentiate)してないところね.
たとえば「精神」って言葉がやたらでてくる.
spirit も mind もみんな精神なのだ.
頭の良い人=精神の優れた人 となるみたい.
このあたりって現代では完全に分化してるよね.
こういうところが面白いなぁとおもった.
やっぱり,学問は,言語はステップバイステップに進化していくものなのだと思った.
そして,振り返って,日頃批判気味の脳科学も,捨てたもんじゃないなぁと思った.
やっぱり,脳部位の作動をそれなりに説明の道具と使う事で
知能についての鬱陶しい戯れ言をズバっと斬れることも有るわけだ.
これからも謙虚に学ばせて頂きます・・・・・![]()
デカルトは数学者ですね.やっぱり.



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