192 脳の中の身体地図 ボディ・マップのおかげで,たいていのことがうまくいくわけ
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身脳一体
脳と身体の科学は、どこまで進んだのか? 脳科学に結構批判的な事をしばしば言う谷口ですが,
重要性を無視しているわけではありません.
久しぶりの「脳本」
なかなか面白かった.
人間の知能を本当に理解しようとすると,人間の主観や幻覚を含んだ世の中の「見え」を無視できなくなってくる.
フロイトやユングの精神分析の世界となると顕著であるが,結局,人間の精神的な病気や脳神経系にまつわる病気は
その個人の苦痛や「見え」の問題であり,それを無視した知能理解は空虚だ.
で,そういう事を無視しない自然科学者っていうのは重要で,ラマチャンドランなんてのはそういう深遠なる点を理解する学者の一人でしょう.
さて,人間の心がいかに人間の体を理解しているのかという事についてのトピックがいろいろ書かれて
いる.
学者ではなくサイエンスライターによる一冊.
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身体図式と言えばペンフィールドのホムンクルスが有名.
身体の形状がデフォルメされた形で,一次体性感覚野,一次運動野にマッピングされているのだ.右は体性感覚野でのホムンクルス
# http://ja.wikipedia.org/wiki/体性感覚
ここで運動野では手が特に大きいのが面白い.
(p.30)
さらに,体性感覚野では,顔は首の隣ではなく,手の隣に位置する.
また,面白いのはペンフィールドの実験によって,
「奇妙な話だが,刺激によっていかなる種類であろうと性的感覚が生じることは無かった」
と言うことであり,運動野では
「おしっこをしたくなったり,泣きたくなったりさせるスポット」を見つけることは出来なかったと言うことだ.
生殖器周りの”敏感性”というのは手の敏感性とは異なった担われ方をしているのだろう.
なんとなくなっとく.
一次運動野を刺激して得られる運動は
「ピアノの鍵盤に手のひらをたたきつけたときの音のよう」
だそうだ.つまり,協調構造的なモノが含まれない各リンク系(筋骨格系)への運動出力uのようなものを出しているに過ぎないのだろう.
前頭葉では一次運動野の前に,運動計画を立てるボディマップが存在する.
これは運動前野と呼ばれる.
ここを刺激するとより複雑でなめらかな動作の断片をひきおこすのだという.
これは,高次の動作要素(high level behavior component)だとか運動プリミティブと僕らが呼んでいるものに対応するのかもしれない.
ちなみに,こういうボディマップはほかの動物にもある.
いくつかの動物のボディマップがのっていたが,面白いね.
動物から見た世界 の 自己像 版だ
ボディマップといっても, ボディスキーマとボディイメージは異なる.
特に,女性におおい,自分の身体に対する過剰な劣等感はこのボディスキーマのトラブルである場合が多いという.
また,理研の入來らの実験についても触れ,道具を持つことによってボディスキーマが拡大する事についても触れていたりする.
さらに,ミラーニューロンの話などもあり.
主観的世界を脳科学の知見を生かしながら再構成することは重要だなと,認識をあらたにしたのでした.
ただ,この本は多少やっていたが,
対人関係の空間認識や,自らの行為系を通した空間認識などは 社会学,生態学的認識論で既に
活発に議論されてきたことであり,それを学ばずに脳科学の文脈だけで閉じる研究者が
増えたりすると切ないなぁと思ったりする.
脳科学を部分ではなく,全体のシステムとして捉え,ザクッとした範囲でも計算論的に機械学習の視点から
構築するのは,やっぱり,やらなあかんなぁと,自らのおしりにムチをあてるのでした.



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