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0059 愛と経済のロゴス

2007-05-08  (tue)|カテゴリー:

愛と経済のロゴス―カイエ・ソバージュ〈3〉
中沢 新一

講談社 (2003/01)

売り上げランキング: 25350

 

 

 

 

 

GW中に読んだ本.

ラボの先輩と「手作り工芸品」と「ダイソーみたいな大量生産品」との価値をどう見出すか,または存在するか,
また価値付けていけるかという議論の中で,

貨幣に交換しうる市場経済に乗るグローバルな使用価値や貴重価値ではなく,おばあちゃんの形見とか,
結婚指輪みたいな手作り品のもつ非均一性,ローカルな希少性が持つ「替えられぬ価値」
を金銭的尺度の元で切り捨てることなく流通させることが必要だろうとか,主張していると,

先輩が「これ読んでみたら」と渡してくれた.

贈与論です.

本書では,交換・贈与・純粋贈与というものを区別し,純粋贈与(与えるのみ,見返りが徹底して存在しない.)
に神聖が見出されやすいことを指摘されている.

確かに「贈与」という行為は面白いなあ と思う.

贈与が一方的であるというのは,法的には正しいが,社会的には誤りだ.(特に日本では)

お中元でもお歳暮でもお祝いでも,「お返し」はほとんど必ず存在する.だから現代人は「面倒くさい」と言うわけで,バレンタインでも
「結局,交換になるだけやん.じゃ,相殺で,なしで.」となるわけだが,

その相互行為に時間的なずれがあり,相手がくれるものの価値が前もっては見えない(情報の不完全さ=リスクの存在)構造が入ることで,
そこにはやっぱり,同時に等価物を「交換」することとは,心理的・社会的に全く異なる次元が現れてくる.

もらった側にとっては,それが高島屋ギフトならギフト価格はすぐに分かるので等価なものを渡せばいいが,「手作り品」をもらった場合,
等価な返礼など出来るだろうか?

ブランド品的に市場の中で価値を見出された工芸品は良いが,
それ以外の市場で貴重価値が認められなかった手作り工芸品が生きる道として,交換に基づく市場経済への参戦を放棄し,
贈与に徹することでニッチとしての,その真の価値が見出されていくんじゃないだろうか.

と,思ったりした.

 

ちなみに,英米法では「約因」(見返りみたいなもん?)てのが契約には必要らしく,贈与みたい片務契約は有効じゃないとか・・・・.

さらに.ちなみに,贈与物や行為にたいして,「借り」を感じすぎてしまうのが日本人で,
それが日本人がうつ病にかかりやすい原因だという議論もあります.

うつを生きる うつを生きる

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